ジュエリーにハンマー痕

たまには人間、毒も必要。
理路整然としたものばかりで、四角四面にとらえたことばかりでは
おもしろみもない。
エコを声高にさけんでみても、常に安全で清潔な無菌状態にいれば
逆に免疫力が低下してしまうのがにんげん。
几帳面に仕上がった清楚でシンプルな美しさには、物足りなさを感じるのは
どうしてか。
真っ白な障子に穴をあけたくなる、白い平面に点を見つけたくなる、
干渉の手ごたえをみたり、ダメージを与えたくなるのはどうしてか。
たとえば定番で平凡な結婚指輪にハンマー痕を味として加工することと似てはいないか。

チタンにダイヤを埋め込んだ

titanは硬く難切削材でダイヤなどの石留めできる職人さんはほとんどいない中、難しい加工を積極的に研究中。チタンリングに、ダイヤモンドを彫り留め。
シルバーよりも地色のトーンが暗めなので、無色のダイヤが一段と白く明るく輝き、チタンに入れたダイヤはコントラストで引き立って美しい。

ダイヤは無色のほか、ブルーダイヤ、ピンクダイヤ、ブラックダイヤがあるが、ブラックダイヤは不透明で反射が少なく、透明ダイヤの効果のように引き立たない。地色が暗いところに、ブラックダイヤが入るとかなりシックでブラックな印象が増す。

天然石には因縁が憑いてくるのでちょっと、とお考えの向きにはczキュービックジルコニアというのもひとつの手で、ダイヤ効果と同じ、チタンとのコントラストが映える。

石を埋め込むと、表面の密度がデザイン的に上がり、引き締まり、表面密度が上がるというか、完成度も上がります。ダイヤがアクセントになるよう計算された配置が必要で、形態やフォルムがジュエリーデザインだと思い込んでいたけれど、ダイヤモンドの美しさに近頃気付き始めやっとダイヤの輝きと指輪の楽しさも考慮したジュエリーデザインに興味が出てきた次第。。。

チタンパーツと布

制作のスタイル。
素材は違えど今思えば、制作スタイルには共通項も。
現在のチタンリングも、昔制作したインスタレーションも、振り返って見れば、パーツごとに作った要素を組み上げてひとつの作品に空間構築するスタイルを取っていたように思われ。。

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素材はチタンと柔らかい繊維とで、まるで違いますが、色や形でパネルを建てていく手法は同じ。予定調和的な形より、見たことも無い形を探りだすためかもしれません。パーツごとに作り貯めたものを組み合わせるうちに、意外なコンビネーションが生まれることも。

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チタン部品も、布や和紙の作品も、パーツ単体で転がっていてはがらくたのようなもの。
それぞれに役割を持たせ、支え合う役どころを与えることで、1個の構造体とする。

部品ひとつひとつが独立し、奇妙な空間を持っており、それらをまた組み合わせるとさらなる新境地に会えそう。

チタン結婚指輪を作り始める前はインスタレーション作家

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イタリア IL GIORNO紙 掲載。上記のような大型作品を手掛けていたのは1997年。チタンの結婚指輪のような、てのひらサイズの鍛金をやる前は、軽い素材(和紙や和布)で空間に吊り下げて作品を見せる形態。素材:ナイロン、シルク、和布、和紙、発砲染料、糸。

結婚指輪をチタンで

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チタンを手に入れるでも、チタンを手入れするでもなく、チタンに手が入ること

チタニウムは工業製品の素材で、ジュエリー、アクセサリーの素材ではありませんでした。チタンの硬さが手を拒み続けてきたため、チタンアクセサリーの歴史は浅く、携わる人もいませんでした。その硬いチタンに、手を加える、形を与え、削り、言うことをきかせるには特殊なデザインと加工性に対する深い造詣が無いとできない仕事。ねじやビスやワッシャーを削る工業製品にはありましたが、当時チタンはあまり知られていない金属でした。

ジュエリーの歴史からはみだして作りたいというあまのじゃくな性格がチタンへの探求心へのモチベーションになったと思います。

チタンの良いところは純度と変色しないところ

チタンリングはシルバーリングのように変色はしない素材です。

純度の高い貴金属は普通、やわらかく加工しやすい分、傷つきやすく大切にしなければならないマテリアルですが、チタンは日常使いでも、過酷なスポーツにも耐える丈夫で強い素材です。純チタンでありながら、毎日の愛用条件をクリアーできる硬くて結婚指輪に適した素材と言えます。プラチナやゴールド、シルバーは大事にして傷がつかないように使わないと、がりがりに摩耗してゆきます。
その純度が利点のチタンに、最近コーティング、めっき、プレーティングといった、要するに別もので覆う処理をしたものを見かけるようになりました。ジッポなどの小物などです。せっかく天然の純チタンを人工的に被膜処理してしまうようなことになり、結果日々の愛用で傷がつき、剥げ落ちて、コーティングしなかった方がよっぽどきれいだったような状態になります。チタンはもともと銀のような白っぽい銀色とは違い、濃いめのグレーで、経年変化と毎日の愛用で、常に磨き抜かれた状態を保つ素材です。チタン製造の工場を経営するチタンおじさんによれば、「まったく使用せず、飾っておくだけだとグレーの明度が落ちていく」そうですが、チタンの指輪屋さんによれば、「着用していれば、変色が無い素材=経年変化でも明度は落ちない」との事です。

酸化とはさびのことですか?いいえさびではありません。向上だからです。

「酸化」することとさびることを同等だと考えてしまうと混乱が起きるもとです。くわしくはこちらに解説されています。
チタニウムが錆びるかさびないかという見解が真っ二つに分かれている理由

チタンは反応しない 体質に関係なく金属アレルギーに安心だと言える なぜならチタンは金属イオン化しないから

チタンと金属アレルギー

金属アレルギーに対する知識については常に更新され、研究され発表がなされています。それについて思うことがありますので書きます。

基本的に、あらゆる体外物質がアレルギー原因となる可能性があります。自然のお花も草も。

花粉やブタクサが原因の空気伝播性アレルギーのように、無害なのにからだが反応するわけは、それだけ人間に近いからだとか、接した経緯があったからだとか、どんどん身体に新しいものが入ってくるからアレルギーとなって現れるとかそういったおまじないのようなことでアレルギーが出てくるのではありません。

以前は、チタンと金属アレルギーの関係を、チタンがまだ感作例が報告されていないのは、人類にとって歴史がなく、日常品として出回っていない、接触してきた歴史が無いからと、まるで体質によっては同じ金属なのだからチタンもジルコニウムも今後百年もして、チタンのマグカップで飲み物を飲み、チタン製フライパンで皆が調理し、チタンチタンの生活になったら、チタンアレルギーの体質も出てくるかも知れないといった間違った知識でいました。

しかしこれはとても古く、あやふやな知識。

チタンの金属アレルギーが起こらない理由は、皮膚界面でチタンが無反応だから

金属が固体の金属のかたちのまま皮膚の中に入り込むことはできません。金属イオンになって金属から離れて皮膚に移動する必要があります。
ニッケルやクロムや銅などの金属は汗に含まれる塩素、乳酸などによりイオン化してしまうので、からだに入り込んでから、合う合わないといった体質との相性によってアレルギー作用が起こってしまいます。

屈強な防御壁≒酸化被膜を作るのがチタンの特徴

しかしチタンはまず皮膚界面でイオン化できない性質の金属なので、からだに入り込むことができません。金属イオンとなって皮膚に移動する前に、酸素分子が吸着してきて防御壁を築いてしまうからです。このような防御壁を酸素分子によって築く金属はほかにもあります。CDの表面に蒸着しているアルミニウムもチタンのようにレインボーになります。その防御壁の厚みの違いでシャボン玉のような光の拡散を生み出します。チタンのような被膜は他の金属にもありますが、チタンの場合はその壁の緻密さ、強靭さが違います。汗によって崩されるものではありません。
従いましてどんな体質でもどれだけ人体に関わってもこの先もチタンが皮膚によってイオン化できる環境がないので作用も起こらない、金属アレルギーが起きないのです。

一般の接触性皮膚炎にはいろいろな原因がありますが、T細胞が深く関わっているという研究結果がでています。
チタンをイオン化させることは自然界では起こりませんが、無理やり電離させるような外からエネルギーを与えれば塩化物によってイオン化させることはできますが、実験室で普通は手に入らない劇薬を使って装置を使う話と、皮膚の界面で起り得るイオン化の話をごちゃまぜにしていると勘違いがおこります。
チタンというのは酸素に親和性が強いことにより、酸素分子とくっついて、チタンが劣化されない防止膜を瞬間的に張り巡らしてしまう特性を持っています。この防止膜(酸化被膜)を汗の成分が突破できることはありません。チタンの酸化被膜を突破できるような強力な汗をかく人の手は、触る物すべてを溶かしていってしまうでしょう。電車の手すりも溶け、水道の蛇口をもとかしてしまうような手汗をかく人は存在しません。人の汗はだれしも同じpH値範囲内に保たれています。
皮膚科による接触性皮膚炎の解説
金属アレルギーをひきおこす病原性T細胞を発見

素人じゃわからないステルスウェルス?

デザイン

ちょっと見ただけじゃ気がつかないところに、プロの技が施されているところがとてつもなく贅沢。これみよがしにゴージャスに見せるのではなく、通にわかる品質の高さみたいなイメージ。

誰が見てもそれと気付くわかりやすさを優先しない、側面、裏面に気をつかった品質の高さ。

インスタレーションの作家活動をしていた当初、こだわっていたのはものの表面。絵の具のそのまた表面の薄皮のつら。裏面の無い造形を作りたかったが、できなかった。
そして、今もチタンの表面にこだわって結婚指輪を作り続けています。表面の被膜。
MONOマガジンから取材を受けたとき、チタンのどこに魅かれていますかとの質問に、こう答えた。「チタンは化学変化させることで、千変万化させられるところ」
これは、チタンの被膜、薄膜、つらの色のこと。
未だにものの表面と格闘し続けています。
kenmin012.jpg神奈川県民ホールにて
天井からつりさげるのに、クレーンに昇ってやりましたが、足がすくんでクレーンの先端のボックスから立ち上がれませんでした。電線を工事しているときのクレーンに乗っかってるおじさんはすごい。

結婚指輪とは日常

結婚指輪とは日常に沿ったもの。
国民的に読まれている書物というと、特別ハラハラするような仕掛けもなければ何か示唆を与えるでもなく、 どこにでもある日常の連続性の、ほんの半歩隣を描いた、チビまるこに匹敵するような設計。サザエさんも高視聴率。

結婚指輪のデザインに求められているのも、奇抜なもの、派手なもの、人目を惹くもの、気持ちをかきたてるものではなく、いつもそばに置きとどめたいもの。

話の急展開もいらなければ、オチも必要ない。

本やまんがを支える通といわれる人に支えられるヒットには日常という答えがあるようだ。
結婚指輪に「通」はいないけれど、日常身に着ける指輪には

いつも心地良い。
そんなデザイン、ストーリーに収束していく。

ストーリといえば、「奇怪な指環」という古い小説のような資料を国会図書館デジタルに見つけました。